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札幌地方裁判所 平成6年(ワ)932号 判決

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

一  第一事件

被告全労済は、原告に対し、一三七五万円を支払え。

二  第二事件

被告富士火災は、原告に対し、一五〇〇万円を支払え。

三  第三事件

被告共栄火災は、原告に対し、一二七五万円を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)において、平成五年一月二五日に発生した火災(以下「本件火災」という。)に基づき、

1  被告全労済に対し、後記二・1(一)記載の本件共済契約に基づく共済金二六〇〇万円の内金一三七五万円の、

2  被告富士火災に対し、後記二・2(一)記載の第一保険契約に基づく保険金一五〇〇万円の、

3  被告共栄火災に対し、後記二・2(二)記載の第二保険契約に基づく保険金二六〇〇万円の内金一二七五万円の、

各支払いを求めた事案である。

二  争いのない事実

1(一)  原告は、平成四年七月三一日、被告全労済との間で、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、共済金額二七〇〇万円、保険期間一年の火災共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結した。

(二)  本件共済契約には、共済契約者が共済目的物につき、既に他の火災保険契約を締結したり、後日締結した場合には、被告全労済にその旨通知しなければならず、これに違反した場合には、同被告において、契約を解除できる旨の約定があるほか、共済金の請求において提出する書類に故意に不実の表示をした場合には、共済金を支払わないことができる旨の約定がある。

2(一)  一方、原告は、平成二年一〇月一八日、被告富士火災との間で、旭川市内の居宅の家財について保険金額一〇〇〇万円、保険期間一年間の住宅総合保険契約(以下「第一保険契約」という。)を締結し、平成三年一〇月一八日、右契約の保険期間を一年間更新していたが、本件共済契約後の平成四年九月二八日、保険の目的を本件建物の家財に異動した上、同年一〇月一八日、保険金額を一五〇〇万円に増額し、保険期間をさらに一年間更新した。

(二)  また、原告は、本件共済契約を締結した平成四年七月三一日、被告共栄火災との間でも本件建物について保険金額二六〇〇万円、保険期間一年間の火災保険契約(以下「第二保険契約」という。)を締結した。

(三)  第一及び第二保険契約には、保険契約者または被保険者が正当な理由がないのに、保険者に対し、知つている事実を表示せず、もしくは不実の表示をした場合、保険者は、保険契約者に対して保険金の支払いを拒める旨の約定がある。

3  原告は、このほかにも、被告全労済との間で、本件建物の家財について共済金額一三〇〇万円の火災共済契約を、郵便局との間で、本件建物及び家財について、保険金額一二七五万円の簡易保険契約をそれぞれ締結しており、本件火災当時、本件建物及び家財に掛けられていた保険金ないし共済金の金額は合計九三七五万円にのぼつていた。

4  原告は、平成四年一月ころから、肩書住所地所在の居宅に内縁の妻である乙山春子(以下「乙山」という。)とともに居住しており、平成四年七月二九日ころ、本件建物を取得した後も、同年九月ころ、家財の一部を本件建物に移したにとどまり、右居宅を主たる住居として使用していた。

5  本件建物は、平成五年一月二五日午後一一時四〇分ころ発生した本件火災のため、焼失した。

6  被告全労済は、原告に対し、平成五年二月二六日付け書面で、1二記載の通知義務違反を理由として本件共済契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は、そのころ、原告に到達した。

7  また、被告らは、本件火災は、原告の放火によるものであると主張するほか、(1) 原告が本件火災について保険金ないし共済金の請求をするに際して、本件火災が保険事故に該当するか否か、罹災品が保険ないし共済の目的物か否か等について、その判断を誤らせる蓋然性が高い事項等について不実の表示をした、(2) 原告は、保険ないし共済制度を悪用して不当な利益を得る目的で本件建物及び家財に合計九三七五万円もの保険ないし共済契約を締結したもので、原告の請求は、法が保険ないし共済制度に求めている趣旨に著しくもとるものであり、権利濫用として信義則上許されないと主張している。

三  争点

1  本件火災は、原告の放火によるものか。

2  原告が保険金ないし共済金の請求をするに際して、被告らに不実の表示をしたか。

3  原告に被告全労済に対する通知義務違反があつたか(二6の解除は有効か。)。

4  原告の請求は、権利濫用として信義則上許されないものか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件火災の出火場所

《証拠略》によれば、本件火災の出火場所は、本件建物の一階居間内の西側部分の間仕切壁付近(以下「本件出火場所」という。)であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  本件火災の出火原因

出火原因としては、まず、本件出火場所から約一・五メートル離れた場所に置かれていた反射式ポータブル石油ストーブ及びポータブル石油ファンヒーターがあるが、《証拠略》によれば、これらはいずれも本件出火場所に正対して置かれていなかつたのみならず、スイッチが消化状態にあつたことが認められる。

また、本件出火場所から約三〇センチメートルのところにあつた金属製の灰皿内に残存していた煙草の吸殻も考えられるが、《証拠略》によれば、周囲の床面に特異な焼痕は認められない。

さらに、前記間仕切壁内の電気配線からの漏電による出火も考えられないではないが、《証拠略》によれば、電気配線の芯線には漏電を窺わせるような特異な状況は認められない。

このように、通常考えられる出火原因がいずれも本件火災の出火原因とは認め難いこと及び後記3の事情を併せ考えると、本件火災が放火によるものである蓋然性は極めて高いと言うべきである。

3  放火犯人の特定

(一) 《証拠略》によれば、以下の事情が認められる。

(1) 消防隊員が、消火のため、本件建物に駆け付けた当時、本件建物の開口部のガラスは、割られておらず、扉及び窓もすべて施錠されており、第三者が本件建物内に入ることは極めて困難な状態にあつたこと、

(2) 原告は、本件建物及び家財に合計九三七五万円に及ぶ保険ないし共済契約を締結している(第二・二3)が、《証拠略》によれば、本件建物を取得した際の価額は、二五〇万円程度であり、その後も一〇〇万円程度の改修をしたにすぎないというのであり(なお、被告らは、本件建物の価額を一〇二八万円と査定している。)、家財と併せても、保険金ないし共済金の額が、目的物に対比して極めて多額にのぼつていること、

(3) 乙山は、原告と同棲後の平成二年一〇月一八日及び平成三年一〇月三日の二回にわたり、火災に遭つたとして、火災保険金を受領しているが、その出火原因は明確でないこと、

(4) 原告が、本件火災後、被告らに提出した罹災品の明細書は、その後の被告らの調査結果と細部にわたつて一致しており、火災後の記憶に基づいて作成したものとは考え難いこと、

(5) 前記(3)のとおり、乙山は、平成三年一〇月三日、火災に遭つて、保険金を受領しているが、原告は、右火災の際、罹災品の一部とされた着物、壷、花瓶等を罹災品として右(3)の明細書に記載しており、本件火災が保険金の取得を目的とする放火であることを間接的に裏付けるものとなつていること(原告は、壷と花瓶については、前の火災の罹災品ではなく、新たに取得したものであると供述するが、ただちに信用し難い。)、

(6) 本件火災後、本件建物に隣接する物置に放火の着火剤となりうるゼリー状の燃料が存在していたところ、原告は、これらの燃料について、本件建物を取得する前の所有者が残置したもので、本件火災前には見たことがない旨供述するが、本件建物内の家財については正確に把握していた原告が右燃料の存在に全く気付かなかつたのは、不自然と言わざるを得ないこと

以上のとおりである。

(二) 右(一)で認定した事情を総合すれば、本件火災は、原告の放火によるものと十分推認することができる。

これに対し、原告は、放火の事実を否定しているが、このような多額の保険ないし共済契約を締結した理由について曖昧な供述をしているほか、出火原因や罹災品の取得経緯等に関する供述についても不自然・不合理な点や変遷が多々認められ、到底信用できるものではなく、他に右推認を左右するに足りる証拠はない。

二  以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野和明)

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